『サマルカンド』 中央アジアの青き都

抜けるような空、美しいモスクの色。2つの青が生み出す神秘的な光景。イスラム建築群の傑作ですね!

(この記事の画像は、すべてウィキペディアより)

というわけで、今回のテーマは「サマルカンド」。ウズベキスタンにある古い町で、世界遺産に登録されています。英語だとSamarkand。

「青の都」とも呼ばれ、「サマルカンドブルー」という言葉もある程! 建物の色だけでなく、実際に気候の影響で空が抜けるように青いんだとか。中央アジアの観光地としても人気の町ですね。

青の都! 美しい建物がたくさん!

始めに有名な建物などをご紹介。

レギスタン広場

レギスタン広場にはウルグ・ベク・マドラサ、シェル・ドル・マドラサ、ティリャー・コリーモスクマドラサの3つのマドラサ(神学校)が建っています。写真の中の人物と比べてもらうと分かりますが、それぞれの建物はかなり大きい!


↑広場の全体像。

↑ウルグ・ベク・マドラサ

↑ティリャー・コリーモスクマドラサ

↑シェル・ドル・マドラサ

グーリ・アミール廟



↑夜になるとライトアップされたりするようですが……やっぱ昼間の方がいい気がしますね(笑) 人工的なライトアップよりも、そのままの姿の方が美しい。空の青・レンガの青こそが「青の都」サマルカンドの美しさでしょう。

グーリ・アミール廟は、サマルカンドの町を繁栄させたティムール及びその家族の霊廟(墓)。中にはティムールの棺があり、今でも中に死体が安置されています。そして、この棺を開けると呪われるという伝説が!

1941年にソビエト連邦の調査隊によって遺体の調査が行われました。ティムールの棺には「私が死の眠りから起きた時、世界は恐怖に見舞われるだろう」という言葉が刻まれていましたが、棺の蓋は開けられて調査が実施されます。

さらに、ゲラシモフは棺の内側に文章を発見。解読した結果「墓を暴いた者は、私よりも恐ろしい侵略者を解き放つ」という言葉が登場! そして調査から2日後、ナチス・ドイツがバルバロッサ作戦を開始し、ソ連に侵入。

1942年11月のスターリングラード攻防戦でのソ連軍の反撃の直前に、ティムールの遺体はイスラム教式の丁重な葬礼で再埋葬されたとのこと。

シャーヒ・ズィンダ廟群

シャーヒ・ズィンダ廟群には9~14世紀及び19世紀に建設された儀式用の建築物と霊廟の集合体。

ビービー・ハーヌム・モスク

元々は1404年に完成したモスク、しかし建設を急ぎ過ぎたせいで耐久性が足りず時代が進むと廃墟になってしまいました。やっぱ手抜き工事はどんな建物でもダメですね! 今のモスクは1974年以降に再建築されたもの。外壁は幅109m、 モスクの高さは40m、入口部分の高さは35m。大きなモスク!

これらの大きな建築物群に加えて、周囲には「ウルグ・ベク天文台」「アフラシヤブ遺跡」などの名所も。

サマルカンド

サマルカンドはウズベキスタンにあります。かつてのティムール帝国の都であり、世界文化遺産にも登録。

世界遺産への登録基準は以下の通り。

(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

イスラム様式の建物が美しいですね~。外側の大きさだけでなく、内部の神秘的空間・細部のアラベスク模様も超すごい!

歴史

「サマルカンド」という名前になる前から、この地域はオアシス都市として栄えてきました。シルクロードの中継地点でもあり商業が発展。

古い資料によると、紀元前10世紀ころからイラン系民族の都市として発展し、紀元前4世紀には「マラカンダ」という地名のソグド人の都市に。その後は、商才に長けたソグド人の町としていくつもの王朝の支配を受けながらも数世紀にわたって繁栄を続けました。

しかし、1220年にチンギス・ハーン率いるモンゴル軍によって徹底的に破壊され、人口の3/4が殺される大惨事に。その当時の旧サマルカンドは、アフラースィヤーブないし「アフラシヤブ(の丘)」と呼ばれ、現在の市街地の北側にあります。

↑アフラシヤブ(の丘)

この破壊されたサマルカンドを復興させたのが、ティムール朝の建国者「ティムール」なのです! 中世アジアを代表する軍事的天才と評価され、中央アジアから西アジアに帝国を作りだしました。

サマルカンドは帝国の首都であり、ティムールは強い愛着を持っていました。そして、大規模な工事を多く行い今のサマルカンドの基礎を作ったのです。

だけど、昔の支配者のやることは今から見るとかなり乱暴(笑) 征服地から財産と物資がかき集められ、都市に居住していた学者・芸術家・職工がサマルカンドに強制移住!

連行された人々は住まいを与えられ、活動に必要な資金が貸し付けられました。イラン・シリア・中国から呼び寄せた職人も加わってサマルカンドの手工業は発達しますが、人材の流出を防ぐために職人の中央アジア外への移動は厳しく制限されることに。

また、サマルカンドが発展した一方で、ティムールによって多くの人材が連行されたダマスカスでは数世紀にわたって技術と文化の発展が停滞。サマルカンドの発展と栄光は、他の地域の人々の犠牲の上に出来上がったわけで。

まぁ、昔の巨大建築って大体似たようなものだけど(笑) 権力者の理想を実現するために人々は苦労しまくり。しかし、そのおかげで後世の私たちは美しい場所を楽しむことができるんだから、ありがたい話です。

まとめ

・ウズベキスタンにある世界文化遺産

・「青の都」とも呼ばれ、「サマルカンドブルー」という言葉もある程!

・古くからオアシス都市として栄えたが、チンギスハーンが破壊。それをティムールが復興させ、今のサマルカンドの基礎を作る

・昔の支配者のやることは今から見るとかなり乱暴(笑)

・しかし、そのおかげですごいものが作られ、後世の私たちは美しい場所を楽しむことができる

 

 

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