『パルテノン神殿』 純白色の建築物ではなかった!?

青い空に映える、白い建築物! そういうイメージありません? 実は建築当時はそんなことなかったり。

(この記事の画像は、すべてウィキペディアより)

というわけで、今回は「パルテノン神殿」。英語だとParthenon、ギリシア語だとΠαρθενών。ギリシャのアテネという街にある有名な建築ですね。世界遺産にも登録されていて、ギリシャ観光の目玉と言えます。

ギリシア古代建築を現代に伝える最も重要な建築であり、ドーリア式建造物の最高峰とも言われます。また、多くの彫刻がほどこされていて、これもギリシア美術の傑作。

内部の構造は、こんな感じ。

 

パルテノン「神殿」?

パルテノン「神殿」と言われていますが宗教的な意味は薄かった様子。一応、女神アテーナーを祀っていて大きな彫刻も奉納されてはいます。しかし、宗教的な活動は記録されていません。名前が本質を表すとは限らないってことでしょうか。

実際には周囲の都市国家に対する威信を示すためのものであり、対ペルシア戦争の戦勝記念碑でもありました。また、建設後は主に宝物庫・金庫として利用されていたとのこと

実は、白くなかった!

さて、ここで上の画像を見てください。丘の上に立つ古代の白色の建築、青い空との対比がかっこいいですよね~。パルテノン神殿は主に大理石で出来ています。大理石で作られた純白の建築、これが多くの方のイメージでしょう

しかし、実は違います! 建築当時のパルテノン神殿は多くの色で彩色されていました。色鮮やかな、ある意味では派手な建築だったわけで。

ちなみに、古代ギリシャ文化の彫刻なんかも同じ。元々は普通に彩色されていて、真っ白になったのは単純に色が落ちただけだったり。これも変わってしまった部分。

ギリシャ文明というと白いイメージがありますが、当時は全然そんなことはない。だから、作った人たちが今のパルテン神殿を見たら「!?  すごい色落ちしてる……地味になって悲しい」なんて思うでしょう(笑)

事実とイメージ

これって中々面白いですよね。ある意味で私たちが想像するギリシャ文明は架空の存在でありフィクションだとも言えます。白いギリシャ文明なんて歴史上には存在しなかった。

私たちのイメージって、よくよく調べてみたら実際と全然違ってたりして。昔の物事を見たり考えたりするときは、単純に現在の視点だけで見ても分からない

日本でも奈良の都が似たようなパターン。今でこそ古びて地味な、わびさびの街でしょう。しかし、作られた当時はもっと派手な色でオシャレの最先端を行く街でした。今とイメージ違いますよね~。過去の世界はどんなものだったのか、想像力が広がります!

波乱万丈の歴史

元々、この場所には「古パルテノン」と呼ばれる古い建物がありました。それを取り壊す形でパルテノン神殿の建設は始まるのです。紀元前447年に建設が始まり、紀元前438年に完工、装飾等は紀元前431年まで行われたとのこと。

建設に9年、完成までは16年かかったことに。紀元前400年ごろの建築なので、作られてから2400年も経っている! すごい話では。当然、完璧に作られたままの姿で残っているはずもなく、歴史的に色々あって変わっている部分も多数。

まず、古代ギリシャ時代が終わりヘレニズム時代や古代ローマになると当時の王様・皇帝たちが自分の権威を強めるための宣伝の場として使うように。パルテノン神殿は尊重されつづけましたが、都市国家アテネが地中海世界の中心であることを示すものではなくなりました。

その後、キリスト教が広がると彫刻が持ち出されて6世紀から7世紀ごろにはキリスト教の生神女マリア聖堂として利用されるように!

さらに、1456年にアテネがオスマン帝国の支配地になると周囲に構造物が増設され、イスラム教のモスクとして使われました。この時代にも戦争によって被害を受けています。

18世紀になるとオスマン帝国は停滞状態となり、その結果ヨーロッパ人がアテナイを訪問する機会が増加。しかし、ここでも悲劇が発生。

1801年、イギリスの駐コンスタンティノープル大使エルギン伯トマス・ブルースが、アクロポリス遺跡の型取りと図面の作成およびその作業に必要ならば近年の建築物を壊すこと、そしてそれらを持ち出すことを認める命令を受けます。

そして、エルギン伯は見つけ出した彫刻類の持ち出しが認められた、と拡大解釈してしまうのです! 住民を雇い入れ、建造物から彫刻類を引き剥がしたり住民から買い入れるなどの手段で収集。

このために建物は深刻な損傷を受け、さらにイギリスへ輸送するに当たって軽くするために剥ぎ取った一部をさらに破壊。中々に、ひどい話。

これらイギリスに渡った彫刻類はエルギン・マーブルと呼ばれ、現在は大英博物館に展示されています。ギリシャ政府は返還を求めていますが実現していません。

その後、1832年のギリシャ独立後にようやく「パルテノン神殿」に戻りました。いや~、波乱万丈の歴史があった! 雨と風に削られ、戦争に巻き込まれて炎上したり彫刻などが持ち去られたり……これだけの破壊を耐え抜いて、建物の形が残っているなんて! 奇跡ですよ。

↓崩れてしまっている部分も多数

今の姿は1975年にギリシャ政府が修復を行ったもの。アクロポリスに残る文化遺跡を徹底的に記録し、建築家がコンピューターを導入して本来の位置を解析。

特に重要で壊れやすい彫刻類はアクロポリス博物館に移されたりもしています。それでも、パルテノン神殿が偉大な事に違いないでしょう!

↓修復時の風景

優美な柱の造形・膨大な彫刻など、当時の人びとが資金・時間・労力をつぎ込んだ作り上げた物を現代の私たちも楽しむことが出来る。素晴らしいですね! 昔から現代に受け継がれている遺産の代表と言えるでしょう

まとめ

・古代の白色の建築。青い空との対比がかっこいい~。

・しかし、建築当時は多くの色でカラフルだった! 色落ちしただけ。

・ギリシャ文明というと白いイメージだけど実は違う。イメージって、よくよく調べてみたら実際と全然別ものだったり。

・建設から2400年、何度も被害にあった波乱万丈の歴史。

・それでもなんとか今に残っている。昔の人が作ったものを現代の私たちも楽しめる、すばらしいよね!

 

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