オリジナリティは必要か? ちょっと考えてみます!

オリジナリティ・独創性・個性、必要だって言われますよね。しかし、意外と重要ではないかも知れませんよ?

というわけで、今回のテーマは「オリジナリティは必要なのか?」。現実にしろ創作にしろ、よく言われることですよね~。

先に結論を書いておくなら、オリジナリティってのは「手段」であって「目的」ではないと思いますよ!

「オリジナリティ」には、オリジナリティなんてない!

見出しの意味が少し分かりにくいかもしれませんが、これは事実。

「オリジナリティ」なんて単語は古くからあり、みんなが知っていて、よく使われる言葉ですよね? 辞書にも普通に載ってますし。「オリジナリティ」にはオリジナリティなんて無い。これは「独創性」でも同じこと。

「オリジナリティが必要である!」なんて考え方そのものが、オリジナリティがなく古くから言われ続けていることですよ(笑)

完全な独創は不可能

そもそも、完全なオリジナルなんて不可能。例えば「言葉」「文法」などにはオリジナリティが無いわけで。ある意味で言語ってものは、先人からの借り物。

日本語は、あなたが発明したものではありませんよね? もちろん、私が発明したものでもありません。そういうこと。

さらに言えば、商品のジャンル自体にも完全なオリジナリティなんて無い。小説・漫画・ゲーム・ブログ・車・広告などなど……他の人も同じジャンルの商品を作ってますよね。結局、どんなことでも昔からの積み重ねで出来あがっている。

完全な独創なんて求められていない

仮に、本当に独創的な物を作ってみたとしましょう。「~!<+}によるawwhglのための95147津化期期名」みたいな感じです。さて、これは社会に求められているでしょうか? 他人に評価される?

評価されないでしょうね。まったく評価されないでしょう。なぜなら理解不能だから。

真に独創的だってことは意味不明で理解不能だってこと。完全な独創とは、他人との共通点がないってことなので。

人間は共通点によって物事を理解しています。「これって、あれに似てるな」「ああ、あれっぽい感じね」みたいな。完全な独創には共通点がなく理解できません。そして、理解不能なものは評価されない。

完全なオリジナリティがあって真に独創的な物なんて、だれも欲しくないってこと。ある程度のオリジナリティが少しあれば、それで十分だと言えます。

オリジナリティは手段の1つにすぎない

けっきょく、「他人から評価される・たくさん売れて利益が出る・自分自身で満足できる作品を作る」などが目的では。オリジナリティなんてものは手段の1つにすぎません。

言いかえれば、「オリジナリティはあるけど、つまらない作品」よりも「オリジナリティは無いけど、面白い作品」の方が良いってことです。オリジナリティ以外の手段を使って目的が達成できるならそれでいい。

他人と全く同じことをやるだけじゃ面白くないから、差別化が必要なだけ。また著作権がある以上、パクリ・盗作は違法行為なので回避しなくてはいけませんし。

「あなたの作品ってオリジナリティがないね」って批判は、正確に言いなおせば「あなたの作品って面白くないね」ってことでしょう。足りないのはオリジナリティではなく、面白さだと思いますね

王道展開、なんて言葉もありますし。昔からのお約束の展開でも面白いものは面白いし評価される。そういうことでは。

まとめ

・「オリジナリティが必要!」なんて意見は、これ自体が古くからあるものでオリジナリティがない

・そもそも完全に独創的なものは求められていない

・「オリジナリティはあるけど、つまらん作品」よりも「オリジナリティは無いけど、面白い作品」の方が良い。

・オリジナリティは手段の1つにすぎない。目的ではない

 

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