方言だけでも色々と違うんだから、国によって言葉が違うのも当然だよね

なぜ、言葉は違うのだろう?

地球上には色々な言葉があります。グリーン・バーグという言語学者によれば、基本的な文法だけでも6種類あるとのこと。

なぜ、言葉には違い(difference)があるんでしょうか。同じ人類という生き物が使っているものなのに。体の構造とか発声する方法とかは変わらないはずなんですどね~。

人類同士、1つの言葉だけを使っていたら話は早い。1種族1言語、コミュニケーションが簡単で良さそう。

どうして同じ人類なのに言葉が違うのか? これを疑問に思ったのは私だけではないようです。

昔の人が考えた有名な話として「バベルの塔」がありますよね。これは旧約聖書の中の物語で大ざっぱに言うと

「元々、全ての人間は同じ言葉を話していた。ある時、人間が神のいる天に届くほどの高い塔を作ろうとしたので、神は人々の言葉を乱した。これによって人間は様々な違う言葉を話すようになり協力できなくなり塔の建設も中断された」というもの。

要は、「同じ人類なのに言葉が違うのは昔に神よって分けられたからだ」という話ですね。大昔の人も言葉の違いを不思議に感じ、それを神によって説明してみたと。

まぁ、世界中を調べてみれば似たような話はもっとあるでしょう。「同じ人類なのに、どうして言葉は違うんだろう?」という疑問は多くの人が感じたはず。

方言でも、かなり違うよね

さて、現実世界の話に戻ります。どうして言葉はこんなに多くの種類があるのでしょうか。日本語・英語・中国語・アラビア語……どうして違いが生まれてしまったのか?

でも、考えてみるとそもそも同じ言語の中にも違いってありますよね。そう、方言です! 同じ「日本語」と言っても、地域によって方言は大きく違い、方言が違うと相手の言ってることが理解できなかったりします。

例として、もんじろう(http://monjiro.net/)という文章を方言に変換できるホームページで試してみると

入力した言葉:あなたは、とても美しいですね

大阪弁:自分は、めっちゃ美しいでんがな

博多弁:あんたくさ、ちかっぱ美しいやね

津軽弁:なは、たげ美しいじゃきゃ

という結果になりました! 私は大阪在住なので大阪弁なら意味は分かりますが、博多弁・津軽弁は全然分かりませんねぇ。みなさん、いかかでしょうか。

このように同じ「日本語」の中でも大きな違いがある。同じ言語を使い、同じ国で暮らしている人間のはずなのに。

言葉というのは、ちょっと距離が離れるとすぐに変わってしまうものなんですねぇ。博多・大阪・東京・津軽、これぐらいの距離でも大きな違いが出てくる。

国が違えば、言葉も違って当然

日本の中でのちょっとした距離でも言葉に大きく違いが出る。さらにさらに距離が離れたら、さらにさらに違いが大きくなるのも当然でしょう。

東京都と大阪の距離なんて地球上でいれば大したものではない。日本とベトナムとか、アジアとヨーロッパ、アフリカとオーストラリア、中国とブラジル、こういった外国間・大陸間のスケールと比べれば本当に短い距離。

方言なら文法ルールは同じですが、外国語だと文法ルールごと違ったりします。距離が遠くなると違いも大きくなるのもしょうがない。

1つの国の中でも色々な方言があるんだから、地球全体で見れば色々な言語があるのも当たり前。

世界中で1つの同じ言語を使うってのは諦めるしかなさそう。言葉ってのは少しの距離でも大きく変わってしまう、意外と変化しやすいものらしい。

まとめ

・どうして同じ人類なのに言葉が違うのか? 昔から多くの人が同じ疑問を持った。バベルの塔とか

・1つの国の中でも色々な方言があるんだから、地球全体で見れば色々な言語があるのも当然。

・言葉ってのは少しの距離でも大きく変わってしまう、意外と変化しやすいもの。