唯物史観とは? その考え方をわかりやすく書いてみる

あのマルクスが生み出した考え方であり、どうしても共産主義と結び付けられることが多いでしょう。しかし、社会の変化を考察するのに役立つんですよ?

というわけで、今回のテーマは「唯物史観」。社会の生産力の発展によって、社会構造の変化および人間の思想の変化が起きるという考え方ですね。

生産力=経済力なので経済を中心としているのが特徴。唯物論的歴史観の略であり、史的唯物論とも呼ばれます。英語だとHistorical materialism

この記事では、まず一般的な唯物史観について軽く解説します。次に、唯物史観を応用して経済以外の物事についても考察してみますよ~。

生産力の発展が社会を変える

まず「唯物論」について大ざっぱに言うと、人間の精神・思想は物質によって作られるという考え方。

物質として人間の体と脳があり、それによって人間の精神を作っている。先に物質があって、それが精神などを作りだす。

この考え方を歴史および社会に当てはめたのが「唯物史観」だと言えるでしょう。特にマルクスの場合は、社会を生み出す物的なものとして「生産諸関係(=経済的基礎)」が重要だと考えました。

まず物的な条件として経済が変化し、それによって社会の考え方も変化する。これが唯物史観。

①技術の進歩で、生産力が上がる
②社会の土台である生産諸関係が変化する
③それを受けて、社会システム・人々の考え方が変わる

マルクスの流れを受けた経済学では、唯物史観を使って社会を分類します。その流れとしては、原始共産制→(古代奴隷制)→封建社会→資本主義社会→共産主義社会、という感じ。

ここからは、それぞれの社会形態について少し詳しく見て行きます。意識して欲しいのは社会全体の生産力によって社会の構造が変化しているってこと。

・原始共産制

いわゆる原始人の社会。生産力が低いので、全員が平等に働き続けないといけません。100人が生活するには、100人が働く必要があるってイメージ。

・封建社会

古代文明~近世まで。直接的に生産する人々(農民)と、それを支配する人々(王さま・貴族など)に分かれています。

ポイントは「生産しない人々が出てきた」という点。王さま・貴族は食料などを生産していませんよね? 支配しているだけで生産していません。

なぜ、生産しない人が出てきたのか? それは社会全体の生産力が上がったから。生産しない人々がいても、社会全体の食料などが足りるようになった。

100人が生活するには、80人が働くだけでよくなった感じ。この「生産しなくてもいい残りの20人」が支配者になっていきます。

原始共産性に王さま・貴族は存在できません。生産せずに豪華な暮らしだけをするような人間に、食料を分け与えるだけの余裕がないから。

生産力が上がり、余裕が出てきたからこそ、生産をしない「支配者」なんて人々が生まれてくる。

・資本主義社会

近代~現代。封建社会の間に、さらに生産力が上昇。そうなると支配者だけでなく生産者の方にもエネルギー(経済力)が貯まっていきます。

今まで生産者は支配者に、ほとんどのエネルギーを吸い取られていました。しかし、生産力が上がったので支配者に吸い取られても、まだ生産者にエネルギーが残るようになった。

生産力の上昇こそが、一般市民・農民などにエネルギーを与え、革命を起こして封建社会を破壊したと言えます。そして、より平等だけど競争の激しい資本主義が生まれました。

・共産主義社会

マルクスの予想した未来。さらにさらに生産力が上がると、どうなるのでしょう? マルクスは人々が競走しなくてもいいぐらいに生産力が上がった時に、真に平等な社会が誕生すると考えました。

今の資本主義社会で競争が激しいのは、競走した方が生産力が上がるから。なぜ生産力を上げたいのかというと、生産力が足りないから。まだまだ社会のすべての人が満足するだけの物事が作り出せていないってこと。

生産力がさらに上がれば、競走なんてしなくても社会のすべての人が満足できるだけの物事を生み出せるはず。そうして、競走の無い「共産主義」がやってくる。それがマルクスの唯物史観なのです。

「でも、共産主義は崩壊しただろ!」という突っ込み

ここまで読んで、突っ込みを入れた人は多いと思います(笑) だってソ連は崩壊しましたからね。

「マルクスの予想したソ連(共産主義)は崩壊した! だから、マルクスの考えた唯物史観も間違っている!」

こう思っている人もいるでしょう。当然の話です。しかし、ソ連が崩壊したからといって唯物史観が間違っているとは言えません。むしろ、唯物史観の正しさの根拠になる可能性すらあります

ポイントは、ソ連は「人間の思想によって社会を変えようとしたこと」。

唯物史観の考え方としては、人間の思想が社会を変えるのではない。生産力(経済力)の発展によって社会が強制的に変わるのです。

マルクスは著書「経済学批判」の中で以下のような文章を書いています。

『一つの社会構成は、すべての生産諸力がその中ではもう発展の余地がないほどに発展しないうちは崩壊することはけっしてなく、また新しいより高度な生産諸関係は、その物質的な存在諸条件が古い社会の胎内で孵化しおわるまでは、古いものにとってかわることはけっしてない。』

ちょっと分かりにくいけど、要は「生産力が一定のレベルに上昇した時以外は社会構造は変わらない」ってこと。

だからこそ、生産力が上がってないのに思想だけで社会構造を変えようとしたソ連は、唯物史観の立場でも失敗して当然と言えるでしょう。社会を変えるのは人間の思想ではなく生産力の上昇なのです。

だから、マルクスの唯物史観が正しいとするならば、このまま社会の生産力が上昇していけば改めて正しい形で共産主義が誕生することでしょう。もちろん、唯物史観が間違っていて共産主義なんて生まれてこない可能性もあります。

思想は後からやってくる

さて、今までは「生産力(経済力)の発展が社会を変化させる」という話をしてきました。経済を中心に社会を見るのがマルクスの考え方であり、一般的な唯物史観。

しかし、個人的には経済だけに限定する必要はないと思います。先に物的な変化があり、それが社会の変化を作りだす。こういった唯物論的な歴史観は経済以外の分野でも言えること。唯物史観の応用ですね。

例えば、環境問題。最近は「自然環境を壊してはいけない!」「地球を大切に!」「エコロジーな生活を!」みたいな意見が増えてきました。

こういった意見は、ここ50年ほどのもの。大昔には環境保護みたいな考え方はないも同然。

なぜ環境保護という考え方が世界中に広がってきたのか? それは「技術力の発展によって、人間による環境破壊のスピードが上がったから」。

大ざっぱな流れを書くと↓のようになります。
①技術力が発展する
②大規模な開発などが可能になり、環境破壊のスピードが上がる
③環境破壊によって人間の生活にもダメージが増えてくる
④環境保護という思想が広がる

ポイントは、技術力の発展が先に来て、後から環境保護という思想が生まれてくる所。自然破壊が出来るようになったからこそ、自然保護が必要になった。

昔の人は技術力が低かったので大規模な環境破壊が出来ませんでした。木を切り過ぎて森を消しちゃったりはしましが、逆に言えばその程度。昔には大規模な開発用機械なんてありませんから。

ところが今では大規模な環境破壊が簡単に出来るように。石油を燃やすことによる地球規模の大気汚染、工業排水による海の汚染、地形を変えてまで作られる巨大な工業地帯……

そして、環境破壊のスピードが上がりすぎて、人間の生活にもダメージが出てくるようになった。このままでは人間の暮らしまで破壊してしまう、そう気付いた時に環境保護という思想が生まれたわけで。

「生産力が上がったことにより社会の構造が変わった」「環境破壊のスピードが上がったことにより環境保護という思想が生まれた」同じ流れですよ。

先に物質的な変化が起こり、それによって社会の構造や人間の思想が変わる。それが唯物史観の考え方。人間の思想が社会を変えるのではありません、技術の進歩こそが社会を変える。

このように唯物史観というのは経済以外の分野にも使うことができますし、共産主義に限定されたものでもないのってこと。

興味を持たれた方は↓の記事もオススメ。唯物史観を応用して、人間社会を色々と考察していますよ~。

 

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まとめ

・「唯物論」とは、人間の精神・思想は物質によって作られるという考え方。

・これを歴史および社会に当てはめたのが「唯物史観」。特にマルクスの場合は、物的なものとして「生産諸関係(=経済的基礎)」が重要だと考えた。

・まず物的な条件として経済が変化し、それによって社会の考え方も変化する。

・流れとしては、原始共産制→(古代奴隷制)→封建社会→資本主義社会→共産主義社会、という感じ。

・「生産力が一定のレベルに上昇した時以外は社会構造は変わらない」ってこと。

・社会を変えるのは人間の思想ではなく生産力の上昇。思想によって社会を変えようとしたソ連は失敗して当然

・人間の思想ではなく技術の進歩こそが社会を変える。そして、これは経済以外でも同じでは。

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