『現代アート』が意味不明な理由とは? ~もはやネタ切れ!~

ぶっちゃけ、現代アートって分からないと思いません? 私は思います(笑) しかし、それには理由があるのです!

(この記事の画像は、すべてウィキペディアより)

というわけで、今回は「現代アート」。英語で言えばcontemporary art。日本では現代芸術、なんて言われ方もしますね

さて、この「現代美術」という区分は実は定義があいまい。そもそも「現代」と「近代」という時代区分があいまいなので、しょうがないんですけどね

現代芸術の定義としては、ざっくりと言えば以下のようなものがあります
①1900年代初頭のキュビズムなどから後の芸術
②第二次世界大戦後(1945年)以降の芸術

まぁ、だいたいの感じさえ分かっておけばOKでしょう! この記事では基本的に①のイメージで話を進めていきます。

現代アートは意味不明

みなさんは現代アートについて、どのような印象をお持ちでしょうか。「意味不明」「訳が分からない」と思う人も多いのでは? 少なくとも、私はそう感じる作品が多いですね

例えば、現代芸術初期の有名人である。マルシェル・デュシャン(1887-1968)の「泉」という作品。何の加工したわけでもない男子用小便器に架空のアーティストのサインを描いた、というもの

そもそも作品なのか怪しいレベル。興味がある方はぜひネットで調べてください(現代芸術は最近の作品が多いため著作権で保護されており、このブログに画像を載せられないのです……)

当然ただのゴミではなく、デュシャンの「泉」が現代アートとされる理由はあります。再び、ざっくり書くと「芸術とは何なのか? お前たちは何を芸術と認め、何を認めないのか?」ということを問いかけている作品なんですよ。しかし、「意味不明」な印象はぬぐえません

他にも、絵では何が書いてあるのか全然分からない、何か金属が絡まっているだけ、どの作品のタイトルも意味不明……

現代はもう「ネタ切れ」!

これには理由があります。ずばり現代芸術は「ネタ切れの芸術」だから。現代において芸術はネタ切れしている。製作者個人の問題ではなく、現代という時代の問題。

そして、なぜネタ切れしているのかというと「ほとんどのネタを、すでに昔の人がやりつくしているから」。

人類は7万年以上も前から絵を描いたり、土器を装飾するなどの芸術活動を続けてきました。7万年前の彫刻が発掘されてますからね~。現存する最古の絵画、ショーヴェ洞窟壁画でも3万年以上前の物


↑現存する最古の絵画、ショーヴェ洞窟壁画。

『洞窟壁画』 ~ショーヴェ・ラスコー・アルタミラ~
はるか昔から、芸術活動は行われてきました。そして、そんな過去の作品が現代に残っている。ロマンでしょう!

 

7万年ですよ、7万年! ちょっと大げさだけど芸術にはそれだけの歴史がある。ちょっと想像してみてくださいよ、とんでもなく長い時間でしょう。

その間に様々な人が芸術作品を作り続けてきたのです。面白いネタ、美しい作品なんて昔の人がとっくのとうにやってしまってる! 同じジャンルを7万年もやってりゃネタ切れもしますって(笑)

 

過去の傑作は超えられない

そして、過去の名作が後世に伝わっているというのもポイント! 今の私たちも、はるか昔の素晴らしい芸術を見ることが可能なんですよね。そして、昔の傑作を超えることはほぼ不可能。

例えばルネサンスの傑作より、さらに評価される絵を描くことができるのか? というと、やっぱりできない。


↑過去の傑作を、同じ方向性で超えることはできない!

まぁ、より正確に言えば「そもそも後世にまで伝わっているのは、他の人が超えられない傑作だったから」なんですが。

なので、今の芸術家の人は過去の芸術と違う表現をする必要がある。どんな分野でも、パクリ・ネタかぶり・劣化版は評価されません。新しいネタ・表現を探さないと。今風に言えば、差別化、でしょうか?

特に西洋芸術の分野では「現代アートは、写実性の束縛から解放され、より抽象的な表現も行うようになった」的なことが言われます。一見すると立派なことだけど、要は「ネタ切れ」ってことでしょう。

写実的なことは過去の偉人がやりつくしてしまった。写実的な作品を作っても劣化版にしかならないから、抽象的な分野に逃げ込んだってこと。

過去の作品とは違ったものを作るため、芸術家たちはどんどん新しい表現を探します。そして、ネタが使われていく。新鮮な表現がしばらくすると、古臭い表現だと言われるようになり、また新しい表現を探し……

そして、最終的には新しさを優先するばかりに「分かりやすさ・面白さ」といったものが軽視されるようになります。取りあえず個性的で新しいなら、他はどうでもいいって感じ。

こんな感じで、現代においては芸術なんてものはネタ切れしています。今更、新しくて分かりやすくて面白い、そんな都合のいいネタなんてほぼない! 個人の問題ではなく「現代」という時代の問題。


↑現代は、すでにネタ切れの時代。

また、作品だけでなく説明文も意味不明で「この作者(または解説者)、自分の言ってることが理解できてるのかな……」なんて思ったりしませんか? むちゃくちゃなカタカナ言葉が並んでいたり(笑)

これも「ネタ切れです」なんて書けないから、難しい言葉で解説したり、それっぽい理屈を付けてもっともらしいことを言ってるだけでは。

作品だけを冷静に見ると、ただ意味不明なだけなので解説文を付けて立派に見せかけている。そもそも長々とした解説文が必要な時点でダメでしょう。過去の傑作は何も知らずに見ても、なんとなくでも「すごいなぁ。いいな。」って思うもの。

まぁ、どれもこれも製作者個人の責任ではありません。現代という時代が、芸術ネタ切れ時代。分かりやすい傑作は過去の時代に作られていて、現代の芸術は色物に走るしかない。

過去の偉人も現代に生まれれば良く分からない抽象画しか描けないかもしれないし、現代の現代アーティスト(笑)も昔に生まれていれば素晴らしい芸術作品を残したかもしれません。

なぜアートは作り続けられるのか?

ところで、なぜ現代アートは作り続けられるのでしょうか? 現代の抽象的で意味不明なアート作品が昔の素晴らしい芸術に勝てないことは、作っている本人たちも何となくは分かっているはずです。

過去の名作が現代に残っている以上、ある意味では、もはやアート作品なんて作られなくてもいい。世界中の美術館などには大量の作品があるわけで。新しく追加しなくても、もう十分なのでは?

過去の名作が残っていて、それに勝てないのにアート作品が作り続けられる理由。それは「人間は芸術活動をする生き物だから」でしょう。

過去の名作に勝てないとか、そんなもん関係ない。今まで私が書いてきたような評論は「見る人」の視点であって、「作る人」には関係ありません。勝てなくても意味不明でも作りたいから作る!

↑で、芸術の歴史は7万年以上あると紹介しました。7万年以上、人間は芸術活動を続けてきたのです。人間は芸術が好きな生き物だってこと。

私自身も趣味でイラストを描いたりします。私の絵なんて大したものではなく、私より素晴らしい絵を描き人は多くいますし、過去の名作を超えることなど決してありません。でも、私は絵を描きたいし実際に絵を描いています。

芸術好きの人が「絵を描きたい!」とか「彫刻作ろう!」とか思うのって、運動好きな人の「サッカーしたい!」「スポーツするの楽しい!」みたいなのと基本的には同じなんですよね。

楽しいからやるってだけのこと。色々と考えたり他の人と比べたりもするけど、自分がやりたいからやるわけで。

ネタ切れになっても意味不明なものしか作れなくても、芸術活動を続けたい。これから先、何がどうなろうが人間は芸術を作り続けるでしょう。現代アートは人間の芸術好きの証拠でもあるんですねぇ。

まとめ

・現代アートは訳が分からない作品が多い。その理由は、現代において芸術はすでに「ネタ切れ」しているから

・芸術には7万年以上の歴史がある。これだけ同じことをやってりゃネタ切れしても当然

・しかも、過去の傑作が越えられない壁として現代に伝わっている。

・同じ方向性では劣化版にしかならない。なので後世の人間は、別の新しい表現を探す。写実的な作品を作っても勝てないから、抽象的な分野に逃げ込んだ

・なぜネタ切れなってもアートは作られ続けるのか? それは「人間が芸術活動が好きだから」。ネタ切れなんて見る人の意見。作りたい人にとっては関係ない!

 

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